2008年9月。
アメリカの大手投資銀行「リーマン・ブラザース」の経営破綻が引き金となり、世界的な金融危機が始まりました。
その波は、当然のように日本にも押し寄せてきて。
私が当時勤務していたオフィス家具メーカーの社内でも、少しずつ目に見えるかたちで影響が出てきました。
もともと、そこで働いていた人たちの半分くらいは派遣社員や他社からの出向スタッフ。
でも、次第に人数が減っていき、部署そのものが解体されることに。
仲の良かった社員さんたちも本社や別の支店へバラバラに異動していきました。
そして年が明けてすぐの2009年1月。
会社の吸収合併が決まり、私の派遣契約も終了。
27歳の私は、はじめて「意図せずして仕事を失う」という現実に直面しました。
派遣社員って、こんなにもあっけなく働く場を失ってしまうものなんだ——。
当時、非正規で働いていて同じように職を失った人、どれくらいいたのでしょう。
私のいた職場でも、非正規のスタッフはほぼ全員が離職を余儀なくされていました。
生活のために働いていたはずなのに、会社の都合ひとつで簡単に契約終了。
それが派遣という働き方の現実でした。
約1年10ヶ月、年上の社員さんたちに囲まれて、ちょっと甘やかされながら部内アシスタントをしていた私。
身についたのは「パソコンが少し使えるようになったかな?」程度のスキル。
地元にいた頃とあまり変わらないまま、年齢だけが重なっていく——
そんな自分に気づいたのも、この頃です。
正直に言うと、当時は「派遣って気軽に働けてラクでいいな」と思っていたところもありました。
でも、それは本当に短絡的だったなと、今では思います。
あ、そういえば。
「ハケンの品格」のシーズン1でも、篠原涼子さんが“スーパーハケン”として颯爽と働いてましたよね。
資格もスキルも豊富で、テキパキと仕事をこなして定時で帰る。
文句を言わせないくらいの実力があるからこそ成立する姿。
一方で、加藤あいさんが演じていたちょっと不器用な派遣社員は、職場で「いらない」扱いされてしまって。
だから正社員になる道を選んだという、そんなストーリーも思い出します。
当時の私はというと、仕事のスキルは高くなかったけれど、
周りに恵まれて、いじられキャラの“ムードメーカー”として居場所をもらっていました。
それだけで満足していたところがあって……やっぱり、ちょっと油断してたんですよね。
もちろん、リーマンショックという予想外の出来事は大きかったけれど、
その波に抗えるほどの実力が自分になかったのも事実です。
派遣という働き方には、覚悟が必要だと、身をもって学びました。
- 契約には期限があること
- 常にスキルアップが求められること
- 成果が出せなければ「必要ない」と判断されること
- 正社員と同じ仕事をしても、立場は違うこと
- どれだけ頑張っても、会社の事情で更新されないこともあること
そういう現実と向き合う働き方なんだと、痛感しました。
でもこの経験があったからこそ、「自分には何ができるだろう?」と考えるようになったのも確か。
それが、今も続いている私のライフデザインの永遠のテーマになっているんだと思います。
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